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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)3006号 判決

原告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

天野登喜治

外七名

被告

破産者社会福祉法人玉翠会

破産管財人

四橋善美

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告が破産者社会福祉法人玉翠会に対し金八二九一万六〇〇〇円及び内金二四九万九〇〇〇円に対する昭和五一年四月二六日から、内金六七一万円に対する昭和五一年八月一六日から、内金二〇一三万円に対する昭和五一年一二月二四日から、内金五三五七万七〇〇〇円に対する昭和五二年四月二五日から、それぞれ支払済まで年10.95パーセントの割合による破産債権を有することを確定する。

第二事案の概要

一争いのない事実等

1  国の機関である名古屋防衛施設局(昭和六〇年一一月一日組織改変により名古屋防衛施設支局となった)は、昭和五〇年度及び昭和五一年度に、破産者社会福祉法人玉翠会に対し、防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律三条二項による助成措置として、破産者が設置する白雲保育園の園舎を木造から鉄筋コンクリート造りに改築する防音工事費用の一部として補助金等を交付することとし、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下適正化法という)等に従うという条件を付して交付決定する旨それぞれ通知し、次のとおり総額八二九一万六〇〇〇円の補助金等を交付した。

金二四九万九〇〇〇円 昭和五一年四月二六日

金六七一万円 昭和五一年八月一六日

金二〇一三万円 昭和五一年一二月二四日

金五三五七万七〇〇〇円 昭和五二年四月二五日

2  破産者は右補助金等により、園舎(小牧市大字入鹿出新田字郷中四七八番地四七七番地、五六二番地二所在の家屋番号四七八番の鉄筋コンクリート造陸屋根三階建校舎、床面積一階446.10平方メートル、二階449.30平方メートル、三階50.40平方メートル)を建築した。

3  破産者は、名古屋防衛施設支局長の承認を受けないで、昭和六二年四月一〇日、補助事業により取得した財産である園舎に根抵当権(極度額七〇〇〇万円債権者高橋秀昭、債務者陶尾功翁)を設定し、同月一一日根抵当権設定登記をなした。

4  適正化法二二条によれば、補助金等の交付を受けた者は、補助事業により取得した財産(同法施行令一三条一号により不動産が財産に含まれることは明らかである)を、各省各庁の長の承認を受けないで、補助金等の交付の目的に反して担保に供してはならないとされているところ、破産者の前記3の行為は同条に違反するので、原告は、同法一七条一項により、平成元年三月二八日補助金等交付決定を取消して、補助金等の返還命令をなし、被告に対し翌二九日到達した書面により右各決定命令を通知した。

5  破産者は、これより前の平成元年三月二七日午前一〇時名古屋地方裁判所において破産宣告(昭和六三年フ第二四〇号)を受けた。

6  原告は右返還命令に基づく債権を破産債権として届出たところ、被告が異議を述べた。

そこで、破産債権の確定を求めたのが本件訴えである。

二争点

本件補助金等返還請求権が、破産債権にあたるかどうかが主要な争点である。

なお、被告は、本件根抵当権の設定行為が、適正化法二二条によって禁止された「補助金等の交付の目的に反する取得財産の担保提供行為」に該当することを争うが、補助金等交付決定の取消決定は行政処分であって、公定力を有するから抗告訴訟によって取消されるか、或いは行政庁によって撤回されない限り、他の訴訟において権利義務を判断するに際しては右行政処分は有効であることを前提としなければならない。本件補助金等取消決定に対して不服申立がなされていないこと、処分の撤回がなされていないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、本件訴訟においては右取消決定を有効と扱わざるを得ない。よって、本件破産債権確定訴訟において、本件根抵当権の設定行為が適正化法一七条違反行為であるか否かを取消決定の効力との関係で検討する余地はない。

(争点に関する原告の主張)

1 破産債権というためには、「破産宣告の前の原因に基づいて生じたる債権」(破産法一五条)であればよく、請求権自体が破産宣告の当時既に成立していることを要せず、その基礎である発生原因が破産宣告前に生じていれば足りるものであり、債権の成立に必要な事実の大部分が具備すれば足りるとの一部具備説が通説である。

2 本件補助金等交付決定には、補助金等によって取得した財産を担保に供しないことの条件が付されており、右条件に違反した場合には交付決定を取り消すことができるとされていた。

昭和六二年四月一一日破産者が園舎を担保に供したことにより交付決定の取消権が発生したが、原告は併せて、右取消権の行使を停止条件とする補助金等の返還請求権(破産債権)を取得した。右取消権の行使は債権者の意思にかかる純粋随意条件であり条件として有効である。

条件付債権が破産債権であることは破産法二三条一項で明らかである。

また、停止条件付補助金等返還請求権は取消権を行使すれば債権として確定するものであり、破産宣告当時債権発生原因の主たる部分が成立しているから、破産債権である。

3 補助金等の交付決定の取消権の行使は、補助事業者の義務違反があるということで直ちに行い得るものではなく、補助目的達成の可否について形式的でなく補助関係の全過程を通じて総合的な判断の上に立って行うものである。

本件においては補助対象の園舎が保育園として将来にわたって使用されることが最も望ましく、取消決定がなされれば閉園になることは必須であった。

そこで、名古屋防衛施設支局は、義務違反があった後も、愛知県や小牧市と連絡をとりながら本件担保の抹消等運営の正常化のための努力を要請し、取消権の行使を留保してきたのである。

すなわち、名古屋防衛施設支局は、昭和六二年六月、本件根抵当権が設定されたことを知ったが、同年一〇月に破産者が右登記の抹消を求める訴えを提起したことや、右根抵当権による競売手続が昭和六三年六月二日取下げられたことから、補助金等の取消権をすぐには行使しないことにした。

また、名古屋防衛施設支局は、昭和六三年一〇月二〇日になって、債権者山田日出子によって同年八月三〇日破産の申立てがなされていることを知った。

しかしながら、同年一二月二〇日小牧市から昭和六四年度も措置費の支払を行うこととしているとの説明を受け、平成元年になってからも愛知県から、二月一三日に、支援者との話合中である旨、三月六日には、破産の決定は三月二七日か二八日になるが和解の話もある旨聞いていたことと、三月一七日白雲保育園園長から直接「担当弁護士から大丈夫と聞いている」と聴取したことから取消権の行使を留保してきたものである。

仮に、本件債権が破産債権にならないとすれば、破産宣告前に取消権を行使せざるを得なくなり破産を決定的にすることになるが、これは適正化法の趣旨に反するものである。

以上のとおり政策論上からも、本件債権を破産宣告前に生じた債権というべきである。

(争点に関する被告の主張)

授権的行政行為たる交付決定が瑕疵なく成立した以上、これに基づいて形成された行政上の法律関係(補助関係)は、既得の権利関係の法律秩序維持の見地から、みだりにこれを消滅させることはできないとされている。このことからすれば、仮に義務違反の事実があったとしても、交付行政庁が適正化法一七条により取消処分をするまでは、補助関係は依然として存続し、その段階までは抽象的にも返還義務は発生しないというべきである。交付決定の取消処分が行われた時に返還債務の成立要件が充足されるものである。

本件では破産宣告後に交付処分の取消決定がなされているので、本件債権は破産宣告前に原因の生じた債権にはあたらない。

第三争点に関する判断

1  当裁判所も、破産法一五条にいう「破産宣告の前の原因に基づいて生じたる債権」というためには、請求権自体が破産宣告の当時既に成立していることを要せず、債権の発生の基本となる法律関係が破産宣告前にあればよく、債権の成立に必要な事実の大部分が具備すれば足りる(一部具備説)ものと解する。

その理由は、破産宣告当時に破産者との間に債権発生の基本となる法律関係があり、将来債権を有するに至る関係にある者は、債権発生前においても破産者の財産による満足を期待しているものであり、財産の清算手続きである破産手続においては、そのような期待も、既に発生している債権と同等に保護されるべきであるからである。

2  国民の行おうとする事業が行政目的に叶うものであるときにこれを推進援助するために補助金等が交付されるものであるが、補助金等は国民の税金によってまかなわれるものであるから、補助目的に従って使用されなければならず、他の用途に使用されることがあってはならない。同様の意味で、補助金等によって財産が取得された場合には、その財産が補助金等の交付の目的に従って利用されなければならず、他用途使用と同視できるような行為が制限されるのは当然である。

適正化法二二条は、一般的に、補助金等交付決定の付款(負担)として、補助金等によって取得した財産の他用途使用の禁止を補助事業者に義務として課しているものであり、同法一七条は右付款違反を理由として補助金等交付決定の取消処分ができることを規定している。

同法一八条の補助金等返還命令は、補助金等交付決定が取消処分により撤回されて、補助金等を交付する根拠が交付の当初に遡って消滅することに基づき補助事業者が受けた利益を不当利得として返還させるものであり、返還すべて金額の範囲を確定し、かつ、確実に返還させるため強制徴収を可能にするため返還命令という行政処分によることとされている。

このように、補助金等の返還請求権は、具体的請求権としては返還命令によって発生するが、抽象的には補助金等交付決定の取消処分によって発生するものである。

原告は、処分制限に違反した行為がなされたことにより交付決定の取消権が発生し、併せて右取消権の行使を停止条件とする補助金等の返還請求権(破産債権)が発生したと主張するが、処分制限に違反した行為は取消処分の事由にすぎず、右事由に基づく行政処分がなされる過程を、私法的な意味での形成権としての「取消権」が発生し、行政処分はその行使であると観念したり、「取消権の行使を条件とする停止条件付請求権が発生する」と観念するのは相当でない。

3  行政処分は、適法に取消されるまでは何人も有効なものと扱わなければならず、本件補助金等交付決定も、違反行為の有無にかかわらず取消処分がなされるまでは、法律上有効なものと扱われる。

また、一般的に、授益的行政処分にあっては、関係者に及ぼす影響が大であるから権利関係の法律秩序維持の見地からその取消は慎重にされなければならないとされている。

補助金等の交付も、授益的行政処分の一種であり、補助金等交付決定によって補助金等が交付され、これによって補助事業者が財産を取得した場合には、以後右財産は補助事業者の所有物となり、そのことを前提として社会的、経済的、法的関係が築かれることになる。

補助金等によって取得した財産の処分制限は、補助事業者の所有権の行使に対する重大な制約である。また、補助金等によって建築された物であることは何等公示されていないにもかかわらず、交付決定が取消され返還命令が確定したときは、強制徴収ができ、競売や倒産手続きにおいては補助事業者に対する一般債権者はもとより担保権の設定時期如何によって担保権者に対しても優先することになる。このように交付決定の取消は関係者に重大な影響を及ぼすものである。

このような授益的行政処分の特性に鑑みると、行政処分の取消によって発生する受益の返還請求権については、破産宣告前に、「債権の発生の基本となる法律関係があった」というためには行政処分の取消事由の要件が明確であることが前提でなければならず、「債権の成立に必要な事実の大部分が具備した」というためには、取消事由とされる事実が、当該事実が発生すれば取消処分がなされることが必須であるような場合であることを要するものと解する。

4  そこで、破産者が補助金等によって取得した建物を担保に供した行為と補助金等交付決定の取消処分の関係について検討する。

本件補助金等は、防衛施設である自衛隊の航空機の発着による騒音被害を防止し軽減するために、防音設備を備えた建物の建築工事費用を補助するものであって、そのうち、教育施設等一定の事業を行う建物についてはその事業目的を考慮して一般の住宅に比して高額の補助をするものとされている。

このように、本件補助金等交付の目的は直接的には騒音被害を軽減することであり、当該建物によって営まれる教育事業そのものを育成、推進することを目的としているものではないから、補助事業者の行為が補助金等の他用途使用にあたるか否かを判断するにあたっては、前記の補助の目的を考慮して慎重になされなければならない。

すなわち、補助金等の交付が教育事業そのものの育成、推進にある場合には補助金等によって取得した財産を担保に供することは、端的に他用途使用ということができようが、本件補助金等の交付の目的は前記のとおりであり、補助金等によって取得された建物が教育施設として引き続き利用されている限りは騒音被害を軽減する必要が存在するから、仮にこれを担保に供したとしても、他用途使用に当たるといえない場合がありうるのである。

しかも、補助金等の交付によって取得された財産の処分制限の期間は財産の種別毎に減価償却期間を参考として定められた長期間に及ぶものであるが、期間内の違反に対しては、それまでの経過期間を問わず、交付された補助金等の額に交付の日から年10.95パーセントの割合で計算した金額を加えた額を返還すべき旨一律に定められているところ、本件補助金等に関しては、当該事業が廃止されたとしてもそれまでの間防音工事をする必要があったことは否定できないし、教育施設以外の用途の建物であったとすればそれ相応の補助金等の交付が受けられたはずである。このように決して軽くない負担をもたらす補助金等の取消決定はより慎重になされなければならない。

5  前記4で述べたように、本件補助金等については、担保に供する行為が取消事由に該当するか否かは、補助金等交付の目的に照して慎重に判断されなければならず、交付決定を取消すかどうかも、従前の経過や他の場合と比較して慎重になされなければならないのである。

このようなことからすると、本件においては、破産者の担保提供行為があったからといって取消処分がなされることが必須であったとはいえないから、担保提供行為があったという段階では、補助金等返還請求権の成立に必要な事実の大部分が具備したものとはいえない。

本件補助金等については、補助金等の交付決定の効力を消滅させる取消処分があってはじめて、当該行為の取消事由該当性が明らかになり、本件補助金等返還請求権が発生することが確実になるから、その段階においてはじめて、補助金等返還請求権の成立に必要な事実の大部分が具備したものというべきである。

本件取消決定は破産宣告後になされているので、破産宣告前の原因に基づく債権とはいえず、破産債権には該当しない。

6  なお、原告は、本件債権が破産債権にならないとすれば、破産宣告前に取消権を行使せざるを得なくなり破産を決定的にすることになるが、これは補助金等適正化法の趣旨に反するものである。政策論上からも、本件債権を破産宣告前に生じた債権というべきであると主張するが、本件取消決定を差し控えてきたとして原告が主張する事実によれば、結局のところ、本件補助金等交付の目的(保育園として建物が使用されなくなること)が達成されなかったのは、本件違反行為とされた根抵当権の設定とは直接の関係はなく、他の債権者の申立てに基づいて破産宣告がなされた(おそらくは、その手続内における事業の不継続決議によって)結果であり、本件において、政策論一般を問題とするのは適当ではない。

7  以上のとおり、原告の請求は理由がないから、これを棄却する。

(裁判官野田武明)

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